「…水城、ここから真っ直ぐに力を撃て」
 頷いた水城の手には既に光球が出現している。清明の指す方角に向けてそれを放つ。
「清明、何をしたの?」
 側に立って彩佳を支えてやりながら麻耶が訊いた。
「居場所がわかったのか? 清明」
「いや、晧。勘だよ」
「……この手の勘は外れたことがない?」
「ああ」
 清明が頷くと同時に闇に浮かび上がった人影。
「清明!」
 水城が気付いて大声を上げる。
 月輪の如く輝く美貌。暗闇に浮かび上がるそれは、なるほど清明によく似ていた。いや、似ているというよりは、怜悧で、凍てつく銀の月光を連想させる雰囲気が二人を似ていると錯覚させたのだ。
「! やはり、貴様か!」
「何故こんなところに!」
「お前なんかが来るところじゃないぞ!」
 驚愕を隠し切れない三人の横で清明だけが淡々とした表情を闇色に染まった白皙の美貌の主に向けていた。
『これはこれは。狩人の皆様方。お懐かしゅうございますな。尤もそちらの少年は存じ上げないが。……確か、最後にお会いしたのは私が結界に封じられる前ざっと十数年前のことでしたか』
 形のよい唇に笑みが刻まれる。清楚とは程遠い笑みだ。
「お前なんかが来るところじゃないって言ってんだろ!」
「やめろ、水城」
 今にも飛びかかりそうになる水城を清明が鋭く制する。
「無駄だ。あれは本体ではない。人形だ」
『さすがは清明殿。お気づきでしたか』
「…傀儡師更藺、何故人界にやってきた。結界を抜け出す危険を犯してまでこちらの世界にきた理由は何か」
『答える必要などない』
 狂気をたたえた瞳。繊細優美なその姿は、蒼き闇と深紅の血がよく似合う。
『今宵はしくじったが次はこうはいかんぞ。心せられよ。もはや私を縛るものなどない。長き苦痛を受けた呪詛、思い知るがいい!』
「ウワアアアアアアアアァァァッッッッ」
 傀儡師の姿が闇に溶けるのと同時に結界の中で蹲っていた男が絶叫した。はっとして振り向く清明達の前で、男の姿が醜い瘴鬼へと変化していく。
「いやああぁっ、お兄ちゃん!」
『再開を祝して私の人形とお手合わせ願おう。では、またお会いいたしましょう』
 声だけが響いた。
 清明達はちっと短く舌打ちをすると、それぞれ後方に跳んだ。それを追って結界を破った瘴鬼が跳躍する。狙いは清明だ。
「!」
 風圧が白皙の肌を叩き、ひとすじの朱線が走る。
「清明!」
「清明さん!」
 空に浮かんだ清明がゆっくりと血を拭う。
 地上で唸る瘴鬼を睥睨する瞳は静かで冷たい。
 夜が蒼く揺らめく。吹き上がる気が漆黒の髪を揺らす。 紅き唇が笑みを刻む刹那、清明は魔人となった。
 夜に君臨する麗しき美貌の狩人、夜を統べる魔を狩る者に。
 白銀の輝きを手にした清明が他の三人を制する。咆哮を挙げて襲いかかってきた瘴鬼を避けもせず、受け止める形で真っ直ぐに腕を突き出す。
「ギャアアアアアアアアァァァッッッ」
 妖刀が瘴鬼を貫いている。清明の手の甲で一際きらめくのは深紅の魔石。
 瘴鬼の姿の下から現れた男が、苦痛に身体をのけ反らせて落下する。剣を収めた白き繊手がそれを抱きとめる。
 助けられた腕に身体を預けて男が言った。
「…これで、やっと…楽になれる……ありがとう」
 穏やかな微笑みを浮かべた顔が次第に崩れていく。最期の一握りが風にさらわれて闇に溶ける瞬間、清明は男の頼みを聞いた。
「…妹を頼む…」



 空に浮かんでいた清明の身体がぐらりと揺れる。そのまま羽を傷めた小鳥のように地上に落下する。
「清明!」
 慌てて駆け寄ろうとする晧と水城の前で清明は突然姿を現した人物に抱きとめられた。
「……だから、無茶だと言ったはずだ」
「杜」
 安堵の溜息を漏らしたのは誰が最初だったか。
「今夜は力を使うなと忠告した。お前はそれをきかなかった。これはお前の過失だ」
「……わかっている。何も言わなくていい」
 杜に支えられて下り立った清明は、地面に座り込んで肩を震わせている彩佳の側に歩み寄った。その気配を感じて彩佳が顔を上げる。
「あ……、清明さん……」
 そっと頬を伝う涙を拭ってやると静かに微笑み、魔石を彩佳の額に当てた。
「…みんな夢だ。目が覚めればいつもと同じ。闇がすべてを覆い隠し、夢は夜明けと共に消える。……だから人は生きていける」
 だから、今は眠るのだ。と囁く声に瞼を閉じる。
 眠り込んだ彩佳を麻耶に任せ清明は立ち上がった。
「清明、これからどうするの?」
「皓と水城は更藺の行方を追ってくれ。麻耶は彼女のことを頼む。私は父の残したものから更藺を調べてみる」
「いいだろう。だが、定期的な連絡は欠かさないことだ。何か厄介なことに巻き込まれると後々面倒だ。常に互いの居場所は把握しておいたほうがいい」
 晧の意見に頷いて狩人達は散会する。
 後に残った清明が物憂げに褐色の空を見上げていた。時折吹く風が髪を揺らす。
 更藺、何故私を憎む…。
 かつての友との間に大きく開いた溝を埋めることはもはやできないことなのだろうか。
「清明、帰らないのか?」
 杜が声をかける。振り返った清明の秀麗な顔にはいつもと変わらぬ静かな笑みがあるばかりであった。
 降るような星空の下、哀しい夢だけがひっそりと闇の中に横たわっている。
「…ああ。そうだね、帰ろうか」
 闇に溶けた面影を追ってさ迷わせた瞳に映るのは叶わぬ夢、儚い幻のように瞬く星々ばかりであった。




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