「小間使いはここにおいていくからこき使ってやってくれ。多少役に立つこともあるかもしれん」
「大佐ぁ〜。ひどいですっ。それはあんまりですっ」
 マインツが憤慨してハウゼンを睨む。それを見てレイレは淡い笑みを浮かべた。そのやり取りがひどく懐かしく思えたのだ。

『レイレ、通信を受けてくれ』
『は、……しかし、何故です?』
『いや、宇宙ステーションのオペレーターがどうやら女性のようだから』
『……私に説得しろとおっしゃりたいのですね。要点を絞って言うと』
『何、利用できるものは、この際利用しないと…』
『シュタイナ少将!』

 ステーションとの間にトラブルが生じた際の会話である。
 自分も似たようなことをやっていたんだな、と思い二人が出ていったドアを見遣った。

                     ◇                                             ◇

 迂闊だった。あの事があって以来警戒していたはずだが、ちょっと目を離した隙に連れ去られてしまった。目の前で。守るべき大切な人を!
「ユージン!」
 叫んだが遅い。ユージンを乗せたエアカーは既に走り去った後だ。
 私は…! なんて事をっ!
 茫然と立ちつくし白くなるほど拳を握った。小刻みに震えるのは、あまりに自分が不甲斐ないからだ。中将の信頼に応えられず、むざむざユージンを連れ去られてしまった自分が……。
 背後でエアカーの停車する気配がした。顧みて下り立った人の姿を認めてレイレは凍りついた。
「…あ……っ」
 とっさに声が出ない。
「レイレ」
「すみ……ま…せ……ん……」
 ようやく出した声も掠れて上手く言葉にならない。
「何も言わなくていいの。私にはわかっているから。一緒に来てほしいの、あなたに。……レイレ」
 エアカーから下りてきたのはユージンの母親であるカイエだった。カイエは少し青ざめてはいたがしっかりとした声音でレイレを促し、再びエアカーに乗り込んだ。
「ユージンのところへ一緒に行ってほしいの」
「ですが、居場所が……。何か脅迫のようなものでも?」
 カイエは無言で首を振った。
「では何故…?」
「わかっているの。いえ、わかるの。あの子のいる場所は。どこにいてもわかる」
 束の間遠くを見ていた瞳がレイレをしっかりと捕らえた。
「聞こえるの。あの子の声が。あなたを呼んでいるわ、レイレ」
 レイレは驚きを隠せない様子でじっとカイエの顔を見つめている。
「あなたには言っておかなければならないことがたくさんあるわ。聞いてもらえるかしら」
「…ええ。ユージンに関わることでしたら」
「ありがとう」
 エアカーの外をかなりのスピードで景色が流れていく。
「私とあの子には力があるの。…そう、一般に超能力と言われている類いのものよ」
 カイエは自動操縦に切り替えレイレに向き直った。
「ここから先のことは他言しないでほしいの。あの子のために。あなただから、あの子の選んだあなただから話すの。きっとあの人も許してくれるわ」
「あの人とは中将のことですか?」
「ええ」
「中将もご存じなのですか?」
「知っているわ。あなたにこれから話すことはすべて」
 カイエはレイレが頷くのを待って話し出した。
 それはあの激しかった戦争に端を発するものだった。
 滅ぼされた一族。裏切ったとされて滅びた一つの都市、ラグドール。
 カイエこと、エルファミーユ・カイエ・ラグドールはその最後の生き残りだったのだ。
 当時まだ少女だったカイエは炎に海となった屋敷の中でシュタイナに保護された。その後、二人は結婚し、そしてユージンが生まれた。
 彼女の一族には特殊な力が備わっていた。俗に超能力と呼ばれる力は辺境の土地ゆえ発達したものにすぎなかった。国を守るべき王室にはより強大な力が受け継がれた。そして彼女の父はそのラグドールを統治していた王であった。当然その娘である彼女自身もその血を継いでいる。
「ユージンも例外じゃない」
 そっと溜息を漏らして、口もとに悲しげな微笑を閃かせた。
「…その力は私より強い。たぶん、私の父よりも。そしてまだ不安定。力が制御できないでいる。今のあの子はとても危険な状態なの」
 カイエの真摯な眼差しがレイレを映している。
「止められるのはあなただけ」
「私、ですか?」
「そう、あの子が選んだレイレ、あなたよ」
 自身が制御できなほどに暴走した力を止められるのはただ一人。その者が最も愛し、信頼を寄せる者だけだ。
「……私はあの炎の海で自分を手放しそうになった。その時私を止めてくれたのがあの人だったわ」
「シュタイナ中将が……」
「初めて会った人だったけれど、暴走しかけた私を支えてくれた力強い腕が似ていたの、…兄に。――だから私は今ここにいるのよ」
 カイエはレイレの手を取り握りしめた。
「このままではあの子は死ぬわ」
「!」
「あの子は混乱している。何故自分がこんなところにいるのか。どうして私やあなたがいないのか。……もうすぐ力のたがが外れる。暴走した力はあの子自身も引き裂く」
 破壊の炎はすべてを無に還すまでその暴走を止めない。
「私しか、ユージンを、止めることはできない……。しかし、あなた以上に私を信頼してくれているのでしょうか? 私は、母親のあなたに勝るほどユージンに愛されているのでしょうか?」
「あなただけよ、レイレ。私の力ではどうにもできない。お願い、あの子の側に行ってあげて」
 お願い、ユージンを救ってやって。
 カイエの想いはその暖かい手からレイレに伝わった。レイレはそれに答えるようにしっかりと頷く。
「できる限りのことはします」
「…ありがとう、レイレ」
 カイエはそっとレイレの頭を抱き寄せた。 カイエの柔らかい腕の中で、レイレはふと母の腕の感触を思い出していた。あの腕をなくしたのはいつのことだったか……。
「…あ……っ!」
 突然カイエが声を上げた。
「だめよ、ユージン!」
 虚空に向かって鋭く叫ぶ。
「どうかしたのですか? ユージンの身に何か……!」
 レイレの問いには直接答えず前方に視線を動かした。つられるようにしてレイレも視線を転じる。
「な…っ!? あれは……」
 眼前に広がった光景は嵐の去った後のようだった。木々は薙ぎ倒され、無残な姿をさらしている。その中心に小さな人影が見えた。
「まさか、ユージンが」
 カイエは頷いてエアカーをとめた。
「ユージンを連れ去った男達は?」
 無言のまま首を横に振る。
「そんな……っ」
 男達の横暴な態度がユージンの恐怖心を煽ったのだ。
 何故、どうして。
 周りにいる男達は疑問に答えてくれない。 やがてそれは大きく膨れ上がり、そして、弾けた!
「ウワアアアアアァァァッッ!」
 男達が最期に聞いたのはユージンの悲痛な叫び声だった。暴走した力は凄まじい勢いですべてを飲み込んだ。一瞬にして半径数百メートルにわたる範囲が吹き飛んだ。
「ユージン!」
 小さな身体を抱え込むようにしてうずくまる少年に駆け寄ろうとして、レイレは見えない壁に阻まれた。
「うわ…っ」
 ユージンの身体から光が溢れてくる。強大なエネルギーは徐々に放出される。光の帯が辺りを包み込み嵐のように吹き荒れ、すべてを破壊しようと猛威を振う。
『レイ……レ……』
 突如頭の中に響いた声にはっとして光の中心を見つめる。
『レイレ……、助けて…っ!』
 ユージンの口は動いていない。なのに声が聞こえる。とても明瞭に……。
 テレパシー? これが。
「ユージン。君ですかっ! 私の声が聞こえますか!」
『止ま、らないよ、レイレ。……止まらない……』
 直接頭に響く声が叫ぶ。
『あああああああぁぁぁっっ!』
「ユージン。意識を手放してはいけませんっ」
 レイレはそう叫びながらも見えない壁に体当たりを繰り返す。
「力を制するのです。その力は君自身なのです。拒まないで……自分を受け入れて」
『い……やだ。怖い…怖いよ……レイレ』
 テレパシーは口で伝える何倍もの強さで気持ちを伝える。ユージンは本気で怯えている。自分が生み出す無限とも思われる破壊の力に。
「嫌ってはいけない。否定しないで! その力も君自身なのだから」
 ピシッ。
 音を立てて光がレイレの侵入を拒否するが、かまわずユージンに近づこうと歩みを進めた。
『だめだよ……レイレ。…来ないで』
「ユ……っ!」
 光がスパークして突き刺すような痛みが走った。何かの焦げる臭いがする。
「つ……っ」
 右腕に激痛が走る。
 レイレは自分の右腕に目をやって秀麗な眉をしかめた。光に向かって伸ばした右腕は無残に焼け爛れていたのだ。茫然と腕を凝視するレイレの頭にひときわ悲痛な声が響いた。
『レ……イレ……っ!』
 そして、途切れた!
「ユージンっ!」
 叫んで無我夢中で光の壁に突っ込んだ。
「うわあああぁぁ!」
 凄まじい痛みが全身を駆け抜ける。
「!」
 光の中でうずくまる小さな人影が見えた。後少しで手が届く。
「…ユージ……っ!」
 最後の力を振り絞って両手を伸ばす。
 守るべき、大切な……。
「ユージン!」
 たとえこの身を失ったとしても、君だけは――。
「私が守る!」
 きっと顔を上げて最後の一歩を踏み出す。想像を絶する痛みが全身を駆け巡ったが、渾身の力で堪え、ユージンの肩に手を伸ばした。
「…ぁあ……あ……」
 暴走した力に翻弄されて自我を失っているユージンの小さな肩に、そっと手をかける。びくっと震える肩を抱き寄せる。
「ユージン、わかりますか? 私です。レイレです」
「あ……ああぁっ……」
 虚ろな瞳を宙に向けたままユージンは言葉にならない声を発している。
「何も心配いりません。…もう、大丈夫ですから」
 囁いて小さな身体を抱きしめる。
 もう大丈夫だから。怖がらなくていいから。一人じゃないから。……安心して眠りなさい、と。
『……レイ…レ…?』
 震えのおさまった肩から直接響いてくる声が尋ねる。応えるようにユージンを抱く腕に力を込める。
 もう二度と離しはしない。
 この手を。
 何があっても。
 どんなときでも。
 すべてをなくした私に生きる理由を与えてくれた。共に生きる喜びをくれた。この小さなかけがえのない生命を守る。何を犠牲にしても。
 君だけは――君だけを……。
 次第に弱まっていく力を感じながらレイレは腕の中の大切な人を抱きしめた。

               ◇                                           ◇

 ゆっくりと目を開けると、そこには見慣れた天井があった。戦艦にあるレイレの私室だ。
「…ゆ……め……?」
 呟いて瞳を閉じる。決して忘れたことのない記憶。
 すべてを失った自分が手に入れた、生きる意味を、ここに存在する意味をくれた人。その日の記憶。
「……私は、どうして……?」
 頬を伝う涙に気づいて驚いてそれを拭った。 懐かしいのか。ただ嬉しいのか。自分の気持ちさえもわからずに。
 レイレは、しばらくの間流れ落ちる涙を止めることができなかった。

「お帰りなさい、ハウゼン大佐」
 ハウゼンが査察から戻ってくると、いつもより幾分か精彩に欠けるマインツが出迎えた。
「フォルダー中佐は?」
 軽く頷いて見せながら通路を歩き出したハウゼンはレイレの容体を尋ねた。
「眠っておられます」
「そうか」
「様子を見に行きましょうか」
 心配げなハウゼンの声音を聞いてマインツが申し出る。
「ああ」
 首肯してから思い直したように首を横に振り直すと、踵を返したマインツを呼び止めた。「マインツ。やはり私も行こう」
 言うが早いか先に立って歩き始める。
「た、大佐! ちょっと待ってくださいよぉ」 マインツが慌てて後を追っていく。

 ハウゼンとマインツの二人が入ってくるのをレイレは上半身を起こし、微笑を浮かべて迎えた。
「もう起きてもいいのか? フォルダー中佐」
「ええ。ご心配をおけして、申し訳ありませんでした。ところで、ファオラはどうでしたか? 何か変わったことでも?」
 笑顔で問いかけるレイレに、ハウゼンは眉を寄せて声を落とした。
「それが、一つ重大な事件が起きていた」
 レイレが目で続きを促すと、こほんと咳をして言を継いだ。
「何と、あの酒豪が二日酔いで寝込んでいたのだ」
「……要するに平和だったんですねぇ」
 唖然として言葉も出ないレイレに変わってマインツが答えると、ハウゼンが大きくかぶりを振った。
「どこが平和だ、マインツ。これは天変地異の前触れに違いない」
「…それは大変でしたね」
 と、我に返ったレイレが微苦笑を浮かべる。
「――で、話がそれたようだが、身体のほうは本当にもういいのか? 何なら今からでも本部に戻るか?」
「人がお悪いですね、ハウゼン大佐。私のことでしたら大丈夫です」
「そうか。それならよいのだが……」
 


next             

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送