「何事じゃ。渓夜」
「杞莉を頼むね」
「これ、渓夜!」
 現れた長老に杞莉を託すと渓夜は家を走り出た。
 とにかく泗杏を止めなくては。
 渓夜の頭にはそれしかなかった。

    ◇               ◇

 渓夜が迷いもせずそこに辿り着いたのは奇跡でも偶然でもなかった。
 嵐の吹き荒れたような跡を残す森を進めばよかったのだ。その嵐の中心に、捜し求める者がいた。
「泗杏!」
 泗杏の姿を見てほっとした渓夜は、その泗杏と対峙するように立つ青年のほうに顔を向けた。
 青年の姿はうっすらとぼやけていた。圧倒的な泗杏の力を前にその姿を保てなくなっているのだ。
 あれが、杞莉の言っていた風の精霊……。
 その時、渓夜はあることに気づいた。
辺り一面泗杏の巻き起こす嵐で薙ぎ倒されているというのに、風の精霊の回りだけが無事なのだ。
正確に言うと、彼の背後だけが。その背後にあるのは。
「! あれはっ!」
 氷の中に閉じ込められた少女。
 彼が必死になって守ろうとしているもの。
「泗杏! 駄目だっ! 泗杏!」
 渓夜の声が届いていないのか、泗杏は一度もこちらを振り向かない。
「泗杏っ!」
 嵐の中を懸命に泗杏に向かって進みながら名を呼び続ける。
「彼は悪くない。もうやめて、泗杏っ!」
 その時初めて渓夜の言葉に泗杏が口を開いた。
「……こいつは杞莉を傷つけた」
 低い低い呟きは、悲しみに埋もれて沈んでしまいそうだった。
「それだけで死に値する」
 ゆっくりと持ち上げられた腕が振り下ろされる瞬間、渓夜は泗杏の腰にむしゃぶりついていた。
「だめだあぁぁぁーーーーっっ!」
 必死になって泗杏にしがみつきながら渓夜は叫んだ。
「違うよ! 泗杏、それは違う。そんなの杞莉は喜ばない。悲しむだけだ。それで傷つく泗杏を見て、悲しむだけだよ」
 渓夜の声に泗杏がびくりと肩を揺らす。
「あ……あぁ……っ……」
 嵐が急速に弱まっていく。泗杏は両手で顔を覆い呻きを洩らす。
「泗杏」
 そっと泗杏の肩を支えながら渓夜は視線を前方に移した。そこにいるはずの精霊に、もう大丈夫だと笑いかけようとしてできなかった。
 そこにいた彼は最早消滅を待つだけの残像でしかなかった。それほどまでに泗杏の力は凄まじかったのだ。
 己の存在をかけてまで守り抜いた『彼女』に最後の笑顔を向けると彼は消えた。
 その笑顔は、無事でよかったと言っていた。
「あ…俺は……っ」
「泗杏。よかった」
「俺は……また……っ」
 渓夜は力尽きたように膝をつく泗杏を抱きしめた。
 あの方の心が傷つき血を流す前に……。
 ごめん、杞莉。少し遅かったみたいだ。
 震え出す泗杏を抱きしめたまま、渓夜はそっと杞莉に詫びた。
 今はそっとしておこう。この風が悲しみを運び去ったとき、泗杏に笑みが戻ればいい。そう思いながら。
「……泗杏。お茶を飲もう。杞莉のいれてくれたとびきりおいしいやつを……」

    ◇               ◇

「……ありゃあ、化け物だ」
 呟きは木の上から聞こえた。
「あの力、放っておくわけにはいかないな。煩い頑固親父共が何と言おうと俺は決めたぞ」
 声は楽しげに続ける。
「待ってな、泗杏。俺が殺してやるよ」
 無論、声は泗杏達には届いていない。
 姿無き声の主は含み笑いを残し、気配は消えた。

 後に残ったのは、悲しく吹く風だけであった。









 あとがき
 どうも、水月秋良です。久方振りの「伽守の森」です。この3と次回作である4は随分前から同時進行で書いてはいたんですが、何分同時進行してる作品が三つや四つ、五つや六つどころではないので(笑) 完成がこんなに遅れてしまいました。おかげでもう、泗杏が暴走する暴走する。当初の目論見なんか原形も残さぬほど木端微塵に打ち砕かれてしまいましたよ。全く。今回は真面目にSFに行きたかったんですよ、私は。しかし、そちらはそちらで泗杏以上に捻くれてくれましてね(……くそぅ、覚えてろ! クイユっ) 枚数の都合――日数の都合ともいう――により断念しました。
 まあ、愚痴はともかくも、今回の3は次回の4にかけてのエピソードでして(要するに伏線)、1よりは余話(2です)の方に近い雰囲気だと思います。
 泗杏の物語は4でどうやら一段落しそうです。他にはまた余話として泗杏の叔父の話なんかもあります。
泗杏以外では、「蕭晨」の番外編や今回間に合わなかったSFなど、書きかけの(苦笑)ストックは充実しております。……いつか出番待ちのキャラクターに首を絞められるに違いない、気の多い水月でした(笑)
ってことで作品を書いたときのあとがきも一緒に載せてみました。

 
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