月明かりの恋心




 この想いが何なのか、僕にはわからない……。

 朝。
 駅から学校までのたった十数分の賭け。
 前を行く小さな背中に気づいて「ラッキー」と小さく呟いた。
 彼女だ。
 重そうなカバンを肩にかけ、一生懸命歩いている。
 委員会で見つけたかわいい感じの一学年下の女の子。委員会なんてそうあるものじゃない。校内で見かけるのも至難だ。が、幸運なことに家の方向が同じらしく、駅と学校を結ぶこの道では、かなりの確率で彼女を見ることができる。
 どうしようか……。
 毎回考える。
 追い越してしまうのは簡単だが、それでは、彼女の後ろ姿さえ見えなくなってしまう。そして、悩んだ挙句、追いつかないように、追い越さないように彼女の後ろを慎重に歩く僕がいる。
 これじゃまるでストーカーだな。
 苦笑して思うが、はっきりと伝えることはできない。何故なら、僕は自分の気持ちがわからないからだ。
 嫌いではない。そう断言することはできる。しかし、好きかと改めて自分に問いかけた時、僕は即座に答えることができない。
 好き、なのかもしれない。
 それが、今の僕の率直な気持ちだ。
「あれ? 先輩?」
「へ?」
 驚いて顔を上げると、彼女がこちらを見ていた。
 どうやら考え事をしている間に追いついてしまったようだ。
「やあ」
 ぎこちなく片手を挙げて見せる。
「おはようございます」
 ぺこりと頭を下げた彼女の髪がさらりと落ちた。
「委員会以外でお会いするのって珍しいですね」
 ……それは。僕が気づかれないように後ろを歩いているからであって。
「あ。当たり前ですよね。先輩、お忙しそうですから」 その言葉が少し残念そうに聞こえたのは、僕の気のせいだろうか。
 期待してはいけない。
 自分の中でストップをかける。思い込みはよくない。「…じゃあ、お先」
 適当に言葉を濁して歩調を早める。後方に遠ざかっていく彼女の存在を背中に感じながら、この距離は永遠に縮まることがないのではないかと思った。
 受け身ではどうにもならない。身をもって体験したことではあるけれど。今は、まだ――。


 その日の放課後。帰ろうと振り返った昇降口で思いがけず彼女を見つけた。
 彼女は誰かを待っているような様子で、そこに佇んでいた。ゆっくりと歩いていくと、こちらに気づいたように顔を上げた。
「今日はよく会うな」
 心の中で、今日二度目の「ラッキー」と言う言葉を呟いて、僕はなるべく自然に見えることを願いながら彼女に微笑んだ。
「もう帰るんですか」
「ああ。バイトがあるから」
 君は? というふうに彼女を見ると、
「友達を待っているんです」
 彼女はそう答えた。
 僕はその時、ふと違和感を感じてもう一度彼女を見た。友達を待っているということは一緒に帰るわけなんだろうが、今朝あんなに重そうに持っていたカバンがない。しかも彼女はうわばきのままだ。……第一、ここは三年のげた箱であって、彼女は普通通らない。
 まさか……。僕を待っていてくれた?
 そんな考えが一瞬脳裏を掠めた。
 期待していいのかな。
「先輩? どうかしたんですか」
 急に黙り込んだ僕を見上げて彼女は小さく首を傾げた。 どうやら僕は、かなりの臆病者らしい。
 あたって砕けるのが恐いわけじゃない。自分の気持ちがわからないのに。砕けることさえできないじゃないか。「いや。何でもない」
 彼女といつまでも話していたいが、バイトに遅れるという現実的なことが頭のどこかで警報のように点滅している。
「時間だから」
 全神経を背中に集中しながら昇降口を出た。
 背中に目があれば……。
 馬鹿なことを考えている。
 僕が立ち去るときの彼女の表情が見えるのに。
 全く気にしていないのか。それとも――。


 月明かりのように静かに自分の中に満ちてくる想い。恋と言うには、まだ儚すぎる。でも、失いたくない。幼い頃、掴まえた蝶のような、そんな優しい想い。
 もう少し。このまま。この想いの方向が定まるまで。 その時が来たら、彼女に話そう。
 ずっと好きだったよ、て。



とっても昔懐かしの短編にもなってないようなお話です。気分で書いたものです。あんまりつっこまないでくれるとありがたい。

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