Afternoon Tea

 あるとき彼女が突然聞いた。
「ねぇ、欲しいものってある?」
 欲しいもの。
 場所――。
 答えて、彼女に笑われた。
 あまりにも漠然としすぎてるって。
 僕にとってこれほど的確な表現はないんだけど……。
 そうだな。もう少しわかりやすくすると、静かな所、だろうか。
 耳の痛いような静けさじゃなく。
 怖くも、寂しくも、悲しくもない。そんな穏やかな沈黙の在る、場所。
 うるさくない程度の雨音が鼓膜を叩く。小さなテーブルの上にホットチョコレートと読みかけの小説が似合う、昼下がり。
 なんとなく、懐かしい、優しい気配の在る時間。
 僕のいう「場所」とはそういうものだった。

 彼女はしばらく考え込むように下を向き、それから顔を上げると真っ直ぐこっちを向いて、
「なんとなく、わかるよ、それ」
 今度は笑わないで言った。
「静かな所もいいけど、私は賑やかな所がいいわ。雨は好きよ。ぱらぱらと葉にあたって音を立てるのとか、窓ガラスに不思議な模様を描いて
いくところなんて素敵。なんだか楽しくなるもの」
 彼女なりに想像してくれたのだろう。
 彼女の想像(おも)った「場所」はいったいどんなのなんだろう。
「でも」
 彼女は眉を寄せて苦しげに瞳を逸らした。
「雨の夜は嫌い。暗闇に閉じ込められて、世界にたった一人になった気がするから」
 そう。それは悪い夢にうなされて目を覚ました真夜中。生き物の気配のない真っ暗な部屋で、切り取られたような空間の中、押し寄せる孤独
感。
「嵐の夜も不安になるわ。……空が乱暴で」
 思い出したのか、小さく肩を震わせて彼女は言った。
 大切な人をなくしたことがある。
 そう、以前彼女から聞いた。
 確か夏の終わりの嵐の夜。
 一番大切な人をなくした、と。
 だから。不安なのだろうか。……怖いのだろうか。
 一人になるのが怖いから。一人は嫌だから。
 代わりが必要なのだ。
 それは苦い記憶の奥底。消えずに残った傷痕。
 誰でもいい。代わりが。
 代用品(ぼく)が。

 僕は、知っている。

 深く、暗く、満ちてくる感情。
 ――ダイキライダ
 誰に、何に対して向けられるのかわからないまま。
 感情は高波のように押し寄せて理性をさらう。

「今日あいついねーんだよ。一緒にかえろーぜ」
「わりーな。あいつがいればいいんだけどさ」

 残酷な日常会話。
 自分が誰かの代わりだと思い知らされる瞬間。

「喋んねーよな」
「何考えてんのかわかんねーよ」

 交わされる囁き。
 原因を知ろうともしないで結果だけを評価する。
 繰り返された現実。
 存在価値が薄れていく。
 どうして、今ここにいるの? いなくても同じなのに。変わらない時間が過ぎて行くだけ。
 代用品としての自分を受け入れるのは、弱虫な僕が枠の中からはみ出すことを恐れているから。奇異の視線に平然と顔を上げて前を見るだ
けの勇気がないから。
 自分自身を押し込めて、殺して、厳重に塗り固めた壁を巡らし、他人の侵入を拒んだ。
 でも、寂しかった。
 一人になることを恐れていたのに、ふと気づいてまわりを見渡せば、誰もいない。
 一人になりたくなくて巡らせた壁が、僕を独りにした。
 ――ダイキライダ
 そう。大嫌いなのは、自分。そこから一歩も踏み出すことのできない臆病な自分自身。
 わかっていた。どうすればいいのかなんて。
 それでも。
 壁は、ますます厚く高くなるばかりで。
 さらわれた理性は、日の届かない海の底に囚われたまま。

 風がふわりと彼女の髪を揺らして通り過ぎて行く。
 哀しい瞳。儚い笑顔。
 目を離した隙に消えてしまいそうで、怖い…。
「一人は嫌い」
 ぽつりとこばれた想い。
 彼女もやっぱり同じなんだろうか。
 都合のいいときだけ友達面する奴等と。
「どこにも行かないでね」
 僕の代わりなんてどこにでもいるよ。
 僕を見つけたように。また他の人を見つけられる。代わりなんて僕じゃなくてもいいはずだから。
「……ばか」
 必要とされたかった。ただ一人、あなたに…。
「ばか」
 彼女はもう一度言ってぱちんと頬を叩いた。
「困った人。そうやってみんなあきらめるの?」
 信じて、多くをなくしてきたから。
 また、傷つくのが怖いから。
「だから? ……私を一人にするの?」
 彼女の頬を伝わり落ちる涙は、静かな午後の雨のようで。あたたかい。
「あなたはあなた。代わりなんているはずないでしょ。わからない? あなたを想うだけでこんなにも涙がでるのに?」
 ごめん。あまりにも居心地のいい場所は、失ったときの悲しみが大きいから。失う前になくしてしまおうと。
 そう、思った。
 握った手を放せなくなる。その前に。
「怖いのは同じよ。……大切な人をなくしたことがあるから。なくなった時の傷(いた)みがどれだけ大きいか。私は知ってる」
 もう一度信じてみようか。彼女の涙を。誰でもない、僕のために泣いてくれる彼女を。
「離れないでね」
 ずっとここにいる…あなたの傍に…。
「私じゃだめ?」
 そんなことはない。僕にはもったいないほどだ。
 彼女の涙を拭ってやりながら、長い髪に触れる。そっと頭を撫でながら、細い肩を抱き寄せる。
 僕達は似た者同士だったんだね。手に入れて失うことに怯えて、けれど、一人でいる寂しさに耐えられなくて、傍にいてくれる誰かを捜してた。
 そして、見つけた。
 心許せる存在を。
 僕の帰る場所はあなたの傍ら。
 ふんわりと優しい沈黙の降る所。
 言葉を交わさなくても、互いの存在が愛しいと、触れ合った指先から伝わる。
 存在を受け止めてくれる腕と、必要としてくれる人がいる。

 お茶を飲もう。あなたの好きなミルクティーを。
「シナモンがいいな。シナモンスティックも添えてね」
 わがまま。
「……私がいれるからっ。英国屋のシナモン。まだあったよね?」
 いいよ。今日はシナモンミルクティーにしよう。生クリームとシナモンパウダーもあるよ。
「うん」

 あなたが代わりに泣いてくれるから、僕は黙って笑おうと思う。

 静かに穏やかに雨の降る午後は、二人でお茶を飲もう。あなたが寂しくないように、楽しく。
 F&Mのアッサムでいれたあったかいミルクティーと生クリームを添えたシフォンケーキで。
 アフタヌーンティーにしよう。
 僕の欲しかったもの。……僕の願い。

 誰かの代わりじゃなく
         誰かの一番になりたかった

                                                        Fin


<後書き>

なんっつーあまあまなものを…。それが正直な私の感想。自分で書いといて言ってりゃ世話ないです、はい。

 

 

         

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