闇 の フ ィ リ ア 





ACT−00
 世紀末。世界は頽廃のただ中にあった。
 魔法と科学が同時にその存在を主張する世界。
人々の心は病み、社会は混迷した。それに乗じ、企業は巨大化し、その支配力は全世界に及んだといっても過言ではなかった。
その中で歴史は更なる悲劇を生んだ。
 武力による亜人種の排斥。
 亜人種。エルフ、ドワーフ、トロールといった者達が既に何万と殺されていった。 
その人間にはない能力を妬んでのことだと言う声も上がったが、それは違っていた。
彼らを死に追いやったのは他でもない、人類こそが最も優れているのだという驕慢さ故であった。
 つまり彼らは、ただ、人間ではないというその事実だけで殺されていったのだった。


ACT−01
 気がつくと、目の前を闇が支配していた。
 何も見えない、聞こえない。
 闇だけが重くたゆっている。
「父さん……母さん……」
 呼びかけの声も闇の中に沈んでいくようだった。
「皆…いないの…?」
 不意に遠くで音がした。
 タタタタタタタ……
 耳慣れない機械音。その直後に起こる苦鳴。
 何かが起きている。
「何? 父さん……どこ……」
 突如大きくなる破裂音と悲鳴。そして、生温かいものがひたひたと足もとを濡らした。
「え、何?」
 足もとに視線を落とす。真紅の液体が放つ異臭が鼻をついた。
「ひっ…」
 その中に浮かぶのは青白い父親の顔。
「父さん!」
 また一つ。ごろりとこちらに転がったのはかつて母親だったもの。
「か…あさん……」
 焦げ臭いにおいが辺りを満たす。むせ返るほどの血臭から逃れるように歩き出す。踏み出した足が重い。
 また一つ悲鳴が空間に響いた。
 再び近くなる音。
            ガ キ
「エルフの子供がいたぞ!」
 突如現れた男が残忍な笑みを刻んで言った。
 人がいたという安心感よりも、沸き上がる不安が大きく身体を支配した。
 言い知れぬ恐怖感。男の声に含まれた蔑むような響きを本能的に感じ取ったのだ。
 男の手がゆっくりと腰のナイフを引き抜いた。
 振り下ろされる腕。赤く赤く染まっていく視界の中で、誰かに呼ばれたような気がした。
 再び闇に支配された空間をどこまでもどこまでも落ちていった。


ACT−02
 うっすらと目を開くと、そこは光に満ちた真白な部屋だった。
「また…夢……」
 小刻みに震える肩を抱く。
「どうして……僕は……」
 あれは夢だ。現実の夢。ほんの数日前に起こった惨劇。両親や仲間は人間ではないというその事実だけで殺されたのだ。
 あの時視界を染めた赤い色は、駆けつけた警官によって射殺された男の血。そう、後になって聞かされた。
 ここは命の恩人の家、らしい。両親を亡くした僕を引き取ってくれたのだが、僕はまだその恩人の顔を見ていない。
 見れないのだ。
 傷の具合が思わしくなかった。それもある。だが、結局のところ理由は「人間」だからであった。
 惨劇の記憶が抗えない枷となって僕を支配する。
 だから、僕は声しか知らない。通信機器を通しての声は優しくあたたかい。
 ゆっくりでいい。焦らなくていいから。
 そう声は言う。
 けれど、会って礼さえ言うことができない自分がもどかしい。何とか会おうとするけれど、その度に意識は深い闇の中へと沈んでいく。
 僕はもう、強くなれない。
 哀しみと悔しさが溶け合って熱い涙に変わる。
「泣いているの?」
 久々に聞く自分以外の肉声。
 それは下の方から聞こえた。
「どこか痛い?」
 幼い声。声の主は五、六歳程の男の子だった。おそらくこの家の子供なのだろう。

 人間の子供。
 ざわっと背筋が冷たくなり、視界が暗くなる。
 意識が完全に闇に染まる直前、あたたかいものが頬に触れ、現実に引き戻した。
 触れてきたのは柔らかい小さな手。
 そっと気づかうように僕の涙を拭うとにっこりと微笑んだ。
「痛くないよ、ね」
 その優しい感触はひどく母親に似ていた。
 エルフであった両親は人間によって殺された。だが、エルフである自分はこうして人間によって助けられた。全ての人間が悪いわけではない。頭ではわかっていたが受け入れられなかった。
 人間から守ってくれたのも人間だった。
 無意識のうちに男の子に手を伸ばした。
「お兄ちゃん?」
 不思議そうに伸ばされた手を見つめる。手はためらいもなく首を掴む。真っ直ぐにこちらを見る瞳には、蔑みも優越感もなく、ただ僕の存在だけを見つめていた。
 無論、殺されるなんて思ってはいない。
「元気になったら、一緒に遊んでね」
 力を込めようとした瞬間、鼓膜を震わせた言葉。
 自分のしようとしている行為はあの男達と同じだ。人間であるというだけでこの子を殺そうとしている。
 僕はこみ上げてきた涙を堪えることができず、ただ声を殺して涙を流していた。
「どうしたの? お兄ちゃん。やっぱりどこか痛い? お医者さん呼んでこようか?」
 とめどなく涙を流し続ける僕を心配して男の子が聞いた。
「いや。大丈夫。どこも痛くないよ」
「本当?」
 ここへ来て初めての笑みがこぼれた。
 僕の中に光が生まれた。小さい、けれど決して消してはいけない大切な光。
「ああ。痛くないよ」
 その答えを聞いて自分のことのように喜ぶ。その笑顔につられて微笑みを返す。
 それは新たな人生の始まりであった。


ACT−03
「どうかしたの? レイレ」
 怪訝そうな声音に現実に引き戻された。
 レイレと呼ばれた男は、柔らかそうな薄茶の髪をかきあげてライトブルーの眼に笑みを浮かべた。
「昔を思い出していたのですよ」
「昔?」
「ええ」
 笑顔で頷きを返しながら答えた。
 あれから十年。あの時の男の子は今も自分の傍らにいる。焦げ茶色の髪に驚くほど澄んだエメラルドグリーンの瞳。背丈こそ年相応に伸びたが、あの頃と変わらぬ優しさを持っていた。
「あなたに初めて会ったときのことです」
 思い出を胸に抱きながら、今を生きる大切な人を守るために、共に歩むために。
「さあ。そろそろ行きましょうか。皆さんがお待ちでしょうから」
 そう促し、微笑んで名を呼ぶ。
「ユージン」
 笑顔で駆け寄る少年を守るようにさりげなく半歩後ろに立つ。それが自分に課した新しい生き方であった。
 無力なままではいられない。自分を迎えてくれる笑顔に応えるために……。
 それがエルフである自分が生きていくことの意味を与えてくれる。
 ユージンと共に在ること。それが私の存在の全て。
 どこかでまた銃声が聞こえる。しかし、もう脅えることはない。
 守るべきもののために強くなれる。それを教えてくれた人のために。
 それが自分の選んだ道であった。








 後書き
 
 と言うわけで、水月秋良です。
 さて、作品ですが、この人との付き合いは「水月」の名前よりも古いんですが、なんかいつも可哀相なことなってます。いや、きっと本人は幸せなんだと思います。ユージンの隣にいられれば基本的に満足なんでしょう、きっと。その設定を考えたのは誰だか知りませんが。私じゃないことは確かですね。私は知りません。私の考えたキャラクターは度々暴走するのでそのせいでしょうねぇ。作者の知らないところで話が進んでいるような気がします。全く困ったものです。
 相も変わらず在庫はたくさんあります。早く消費しなければとも思うのですが、できないのが現実です。まあ、何とかなるだろうし、何とかします!
                                                                                  水月 拝



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