邂逅


 ある都市のメインストリートで、一人の少年が見るからに柄の悪い男達に囲まれていた。
「何か用ですか?」
 まるで、自分がおかれている状況がわかっていないかのように、少年は無愛想に言葉を発っする。
 それは、周りで見ている野次馬のほうがひやひやしてくるほど平然とした態度だ。
「お前だろ。行く先々で賞金稼ぎをしてるっていう坊やは」
「……人聞きが悪いですね、そう言う言い方は」
「そうなんだなっ」
「否定はしません」
 丁寧な言葉遣いが、普通の少年より凶悪に見せている。
「何だ、ただのガキじゃないかっ。ハッ、お笑いだね。こんなガキ一人に、何人の奴がのされたって!? それでよく盗賊だの何だのって肩書きしょってられるよなァ」
 同意を求めるように頭らしい男は、仲間の顔を見回した。
「全くでさぁ。頭ァ、こいつぁ、高く売れますぜ」
「よぉ、別嬪さん。怪我しねぇうちにその背中のもんこっちへよこしな」
 男達は下品に笑い飛ばしながら、少年が背に背負っている剣を差す。すると、それまで黙って聞いていた少年が、おもむろに髪をかき揚げた。
 一見堅そうに見える焦げ茶色の髪は、意外にもさらりと少年の手から滑り落ちる。深い緑色の瞳がきらりと妖しげな輝きを放った。
「――で、そう言うあなた方は、こんなガキ相手に複数の人数でやるわけですか。……あなた方のほうがよっぽどお笑いですね」
 口もとに嘲笑を浮かべて少年は男達に視線を投げる。
「な、何だとっ。ンのガキっ!」
「おとなしくしてりゃあいい気になりやがってっ! その生意気な口、二度ときけなくしてやる」
 乱暴に言葉を吐き捨てて、一人の男が少年めがけて飛びかかった。
 野次馬の中から悲鳴が上がる。
 殴りかかってきた男を最小限の動きでかわすと、少年は体勢を崩してつんのめった男に向かって言葉を投げつる。冷ややかな冷笑と共に。
「もっと他に言い様がありませんか? 駄目ですねぇ。こういうとき、悪党の言う台詞はどれもこれも同じで。もう少し変化をつけてもらわないとこちらもいい加減飽きます」
 少年は、心底がっかりしたように溜め息をつくと男達に向き直った。
「――っ! 意気がるなっ! ガキがっ!」
「……単細胞」
 完全に理性のふっとんだ男達が剣を振りかざして躍りかかってくる。少年は、それを難なくかわし、軽く足払いをかける。
「うあっ」
 よろめいた男の上に別の男が倒れ込む。少年はそれを無視して、背後からの敵に回し蹴りをおみまいし、その反動を利用して正面の男の顔面に拳を叩き込んだ。
 声もなく崩れ落ちた男を引きずり上げて、残りの男達を睨つける。
 少年は息一つ乱さずそれらの動作をやってのけた。
「あなた達の頭は、こんなガキにのされてしまいましたよ。どうしますか?」
 男達は茫然として、少年と自分達の頭を見つめて立ちつくしている。
「どうしますか。ここで潔く死にますか? こんなガキの手にかかって。それとも、こんなガキにのされたと言う汚名をきて生きていきますか? どちらでも、お好きなほうを選びなさい」
「……くそガキっ!」
 襟首を掴まれたままの頭が吐き捨てた。少年はそれを聞き止めると、掴んでいる男を引き寄せて囁いた。
「死にたくなければさっさと消えな」
 それだけ言うと頭を男達のほうに放り出した。唖然としている男達を見回して、冷たい一言をその愛らしい唇に刻んだ。
「失せろ」
 その一言を境にして少年の口もとから笑みが消えた。
 その途端、背筋に悪寒の走った男達は倒れている頭を引きずるようにしてその場を去った。
「毎回毎回、何だってこういう展開になるんだろうね、全く」
 後に残された少年、カイルは軽く溜め息をついた。


 ここは旅人の休息地、トーレ。
 あれほど騒いでいた野次馬達の姿はいつの間にか消えており、通りには賑わいが戻っている。
 再びメインストリートを歩き出すと、唐突に陽気な声で呼び止められた。
「ちょいとそこ行くお兄さん。ちょっとばかし、尋ねたいことがあるんだが」
 声のした方に目を向けると、一人の男が壁にもたれて手招きしていた。
 褐色の肌に鍛えられた筋肉が浮かんでいる。もとは金色だったらしい髪が陽や風にさらされて銀色に近くなっていた。
「……道を尋ねるなら無駄ですよ。知りませんから」
「誰もンなこと聞いちゃいないって」
「じゃあ何なんです?」
「いや、別に大したことじゃないんだが。何で剣を使わなかったんだ? 相当使うんだろ、お前」
「!」
 カイルは、きっと男を睨んでから問いに答えた。
「使うまでもなかったでしょう? 見ていてわかりませんでしたか?」
「ま、あんな雑魚相手ではね。仕方ないか。ところでさ、勝負しない? 俺と」
「は?」
 唐突な申し入れに警戒心を露にして、改めて男に向き直る。
「……どうして、俺があなたと勝負しなければならないのですか? 理由がわかりませんよ、俺には」
 そんなカイルの態度を気にもとめず、男はにこやかに言葉を発する。
「だって勝負したいんだよ」
「答えになってませんっ」
 思わず大声を出してしまったカイルが慌てて口をふさぐ。が、男が意に介した様子は全くなく、勝手に話を進めている。
「――お前の武器は剣だよな。でも、俺はどっちかと言うと弓のが得意だし。いや、剣の腕が人より劣るってことはまずないけど、お前強そうだからな。かといって、素手というのも嫌だし……」
「誰もまだ勝負するとは言っていないでしょうっ!」
「今言った」
「これとそれとは別です」
 うんざりといったように男の目を見つめる。 男の瞳は淡い青。その青は、北の海に浮かぶ冷たい氷を思わせる。しかし、くるくるとよく変わる表情と、ざっくばらんな口調がその瞳の持つ冷酷さを消していた。
「駄目か……」
「当然です」
 男は、しばし思案気に考え込むとおもむろに顔を上げた。
「じゃ、賭けよう」
 カイルはやれやれと溜息をつくと、話にならないといった風に男に背を向けた。
「……いいのか、これもらっちまうよ」
 背後で発せられた声に反射的に振り返ったカイルは、男の手にあるものを見てぎょっとした。
「な、いつの間に!?」
 男の手に握られているのは、間違いなくカイルの剣だった。
「……で、俺は何をすればいいんですか?」
 怒ったように男に歩み寄る。――実際、かなり腹を立てていたには違いないが。
「そうだなあ、とりあえず、賭けに負けたほうは勝ったほうの言うことをきくって言うのはどうだ?」
 と、言って相変わらずにこにこと微笑んでいる。この男はカイルのことをからかっているとしか思えない。
「仕方がありません。いいでしょう。ところで何を賭けるんです?」
 観念したようにカイルが訊いた。男はにやりと笑うと空を差した。
「月……」
「は?」
 つられて空を見上げたカイルが不思議そうな視線を戻して男を見た。
「今夜、月が出るかどうかってのはどうだ?」
 男の答えを聞いた途端カイルは自分の耳を疑った。
「駄目か?」
 よほど嫌そうな顔をしていたのだろう。男は残念そうにカイルを見下ろした。
「……。いいですよ、別に。そんなことでいいんなら」
 男は嬉しそうに頷く。
「……じゃあ、俺は『出る』方に賭けます」
「すると、俺は必然的に『でない』というほうになるわけだな。ふむ、ま、いっか」
 男は独語すると雲一つない空を見上げた。
「ところでお前、宿は決まっているのか?」
 視線を転じて、よっと壁から離れた。
「今まで何を見ていたのですか。どうせ一部始終見ていたのでしょう。この都市に入った途端、変な奴等に絡まれて、宿をとるなんてそんな暇がいったいどこにあったというんですっ」
「もっともだ。だったら、俺のところへ来ないか? お前も剣のことが心配だろ。それに丸腰じゃお子様には物騒すぎる、と俺の良心が痛むんでね」
 お子様という言葉にむっとして男を睨んだ。
「剣を返してくれたほうが早いと思いますが」
「駄目だね。それよりどうする?」
 皮肉を簡単にかわされたカイルは、しかし笑顔のまま男の申し出に答えた。
「そうしていただければ。けれど言っておきますが、俺はお子様ではありませんから」
「んじゃ、坊や」
「俺が坊やなら、あなたはじじいだ」
「……確かに」
 妙なところで納得する男に深い脱力感を感じながら、もう何も言うまいと心に誓った。

 男に連れてこられたのは、一軒の古い礼拝堂だった。
「あなたの家? まさか、そんなわけないですよね」
「ああ。ここの奴とちょっとした友人でね。泊めてもらってる」
「なのに、俺までお世話になっていいんですか?」
 カイルが遠慮がちに、自分より頭一つ分上にある男の顔を見上げる。
「いいの、いいの。よい子はそんな心配しなくても」
「!」
 男の言葉に思わずかっとなったが、理性でそれを押しとどめて微笑に変えた。そんなカイルの苦労も知らずに、男はさっさと礼拝堂の中へ入っていってしまった。カイルが慌てて後に続く。
 中に入ると既に男の姿は見えなかった。困ってきょろきょろ辺りを見回すと、右側にある扉が開いて男が顔を覗かせた。
「何やってんだ、早く来いよ」
「――って、あなたがおいていったんでしょう!」
「そうだっけか?」
「そうです」
 きっぱりと言い切り、カイルが足早に男のほうに歩み寄る。男はカイルの背中を押して部屋の中へ招き入れた。
 部屋には、一人の女性がにっこりと微笑みを浮かべて座っていた。
 美の女神の寵愛を一身に受けたかのような美貌、あるいは美の女神の化身かとも思われるほどの美貌だった。
 栗色の長い髪を編んで後ろで束ねている。服の袖から伸びた腕が驚くほど白く、まるで白珠のようだ。そして、紫水晶のような両眼は、春の日のように穏やかだった。
「リヴィウス、こいつがその坊やだ」
 男がカイルの肩に手を置いて美女に紹介する。
「お世話になります」
 いささか頬を紅潮させてカイルが頭を下げると、男が思い出したように言を継いだ。
「言い忘れたが、リヴィウスは男だからな。念のため」
「!」
 カイルは驚愕を隠しえず、男とどう見ても美女にしか見えない人物を交互に見遣った。
「……その様子だと、やっぱり勘違いしていたようだな」
 苦笑を浮かべて男が言うと、それに応じてリヴィウスなる人物も苦笑を浮かべた。
「そのようですね。ごめんなさいね、男に見えなくて」
 両性的な美貌を持つ、絶世の美女ならぬ美男はそう言って、またにっこりと微笑みを浮かべた。確かに声は男だ。
「ご、ごめんなさい。えっと、リヴィウスさん、でしたよね。でも、本当に綺麗ですね」
 カイルの言葉は無論お世辞ではない。
「ありがとうございます」
「おい、坊や。そのくらいにしておけ。こいつが調子に乗る」
「坊やじゃないって言っているでしょう!」
「まあまあ……」
 男に突っ掛かっていったカイルを押さえながら、リヴィウスは男に咎めるような眼差しを向ける。
「純真な少年をからかうのはおよしなさいといつも言っているでしょう」
「不本意な言われようだな。俺にそのつもりはないんだが」
「嘘おっしゃい。全部顔に出ていますよ」
「そうか?」
 不思議そうな顔をした男がわざとらしく顔を触る。
「性悪ジジイ」
 ぼそっと呟いたカイルの言葉がいやに部屋に響いた。
「今、聞き捨てならぬ台詞が聞こえたなぁ」
 ゆっくりと振り返った男の顔は、怖いほど無表情だった。思わずカイルが後退る。
「そこまで」
 見兼ねたリヴィウスが声で制する。
 柔らかい涼やかな声は、見えない力を持っていた。少なくとも、カイルにはそう感じられた。
「大人気ないですね。彼も長旅で疲れているでしょうし、少し休ませてあげてはどうですか? それに、今夜は空を見なければならないのでしょう?」
 その言葉にしぶしぶ頷いて、男は隣の部屋を指差した。
「そっちの部屋は自由に使っていいぞ。飯になったら呼んでやるから、それまで一眠りしてこい」
 それだけ言うと自分も部屋を出ていった。 男の後ろ姿を見送ると、リヴィウスが微笑を浮かべ、
「自分の家だと思って寛いでくださいね」
「ありがとう」
 カイルは、ようやく彼らしい笑顔でリヴィウスの好意に答えた。

 夕食の準備とかでリヴィウスも席を外した。 一人になると、カイルは改めて案内された部屋を見回した。
 部屋の中は、まるで今日誰かが来るのを知っていたかのようにきちんと整理されていた。それとも、いつもこんな風なのか。肌に触れる空気の感じから、普段は使われていない部屋だというのがわかった。なのに何故か落ち着く。
「でも、リヴィウスさんなら、使わない部屋でも隅々まで掃除しそうだな」 



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